IT'S BEEN A WHILE...
日本人選手が最高峰クラスで表彰台を獲得するのは、2012年最終戦(バレンシア)にホルヘ・ロレンソ選手の負傷代役として参戦した中須賀克行選手が2位に入ったとき以来です。この中須賀選手の2位以前の日本人選手表彰台はというと、2006年オランダGP(アッセン)で中野真矢選手が2位に入ったレースまで遡ります。上記の中須賀選手はレギュラーライダーの代役参戦だったので、フル参戦選手の表彰台獲得という意味では、この中野選手の登壇以来20年ぶり(!)ということになります。
中野選手がアッセンで2位に入ったときのレース展開や表彰式後にインタビューしたときの表情は、いまも鮮明に覚えています。また、中須賀選手が急遽表彰台に上がることになったため日英通訳が必要になり、DORNA(現MotoGP Sports Entertainment Group)のスタッフに依頼されて成り行き上登板したのも、いまとなっては懐かしい思い出であります。その中須賀選手表彰台からでも14年が経っているわけですから、こっちもそりゃ歳をとるわけですね。そして、その間、日本人選手は最高峰クラスで一度も表彰台に上がってなかったのですから、ながいながいポディウム干魃が続いていたわけです。
その間も、表彰台に手が届きそうな惜しいレースは何度かありました。たとえば2011年のスペインGP(ヘレス)は当地に珍しいウェット路面でのレースでしたが、このときは青山博一選手が表彰台圏内にコンマ数秒差で届かず4位フィニッシュを果たしています。その後も、パンデミックの時期に中上貴晶選手が何度か表彰台圏内へ肉薄する走りを見せたものの、惜しくも届かなかったことはご記憶の方も多いと思います。それらの厳しい時期を超えてようやく獲得した表彰台だけに、素晴らしい結果を我が手で摑み取った小椋選手やチームスタッフ、関係者諸氏とご家族はもちろんのこと、この長い長い年月を切歯扼腕しながらレースを観戦してきた日本人ファン諸兄姉にとっても、感慨は一入でありましょう。