第14回 多言語コミュニケーションとパドック
MotoGPパドックでは英語が公用語として使用されていることは、多くの方がご存じだと思います。とはいっても、たとえば国連の公用語(英語、フランス語、中国語、ロシア語、スペイン語、アラビア語)が国連憲章で規定されているような明文化された文書があるわけではありません。ただ、FIMの通達文書は基本的に英語とフランス語で行われるので、これについては何らかの決めごとがあるのかもしれません。そういえばMotoGPのレギュレーションブック(黄色い装幀なので「イエローブック」と通称されていましたが、現在はPDFの配布が主になっています)も、ある時期までは英語とフランス語の文言を見開きページに対称記述する恰好で併記されていました。フランス語と英語のニュアンスで若干異なる箇所があるためにルール解釈で紛糾する、なんてことも過去にはありましたよね(ジェレミー・バージェスがバレンティーノ・ロッシのクルーチーフを務めていた時代のフランスGP決勝でFtoFのタイヤ交換に関する解釈問題だったように記憶していますが、違っていたらごめんなさい)。そういえばついでにもうひとつ思い出したのですが、このレギュレーションって、たしかMFJが日本語翻訳版を公開していたと思うんですが、あれってFIMと文言の解釈などを厳密にすり合わせた公式文書なんですかね。あるいは、英語やフランス語を読めない方々向けの資料として参考程度にご覧ください、というような、あくまで私家版に近いような位置づけのものなんでしょうか。ルールを厳密に理解する必要のある日本人関係者は、解釈の齟齬を生まないためにもおそらく英語やフランス語の原文で文言を理解しているのだろうとは思いますが。
さっそく話がよれてしまいましたが、パドックの公用語に話を戻すと、グランプリパドックでの英語使用環境は、おそらく皆が理解できるリンガフランカの〈文房具〉として英語が長く使用されて現在に至る、ということなのだろうと自分では理解をしています。様々な言語圏の構成比は知りませんが、イタリア語、フランス語、スペイン語、日本語等々がそれぞれクラスターのようになっていて、それを大きくくるむ恰好で英語が存在する、というようなざっくりとしたイメージでしょうか。これらの複数言語を自由に使い分ける人々が多いのも、周知のとおりです。レース中継の選手インタビューなどを見ればよくわかりますね。最近では、表彰式前のバックステージをカメラが写すようになっていて、そのときどきの選手構成によってイタリア語やスペイン語で会話が交わされている風景をご覧になった方々も多いと思います。
個人的な経験でいえば、マルチリンガルな器用さに舌を巻いた経験は、セテ・ジベルナウにインタビューしたときが最初だったように記憶しています。ご存じのとおり、彼はスペイン訛りをまったく感じさせない、きわめて自然で滑らかな英語を話します。初めて彼と1対1の取材をしたときに何カ国語を喋るのか尋ねてみたところ、指を折りながら「スペイン語でしょ、イタリア語でしょ、英語とフランス語と……あ、そうそう、カタランも入れると五カ国語かな」という言葉が返ってきたことが、当時はじつに印象的でした。この時代に、レースを運営するDORNAにチェコ人の知人スタッフがいたのですが、その人物は英語、チェコ語、ロシア語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語の六カ国語を話すと言っていました。それくらい、GPパドックではマルチリンガルであることはべつに珍しくもなんともない、ということですね。